強大な権力に翻弄される無垢な人たち

という設定が昔から結構好きで、おそらく『まぼろしの市街戦』の影響だろう。
偶然か、似たようなものを読んだり観たりした。

アルファ系衛星の氏族たち (創元SF文庫)

アルファ系衛星の氏族たち (創元SF文庫)

『アルファ系衛星の氏族たち』(1964年)
フィリップ・K・ディックの小説で読んでいなかったのでブッ○オフで買って読んだ。とにかく(例によって)話の前提がすごい。
地球とアルファ星は20年以上も前まで戦争をしていたが、現在は停戦し、双方には平和が戻っていた。しかしアルファ星の衛星M2には地球人の巨大な精神病棟があり、地球とアルファ星の間の微妙な政治力学の間で戦後20年以上完全に放置されていた。その結果、M2では解放された精神病患者による独自の文化が形成されていたのだった
M2は7つの氏族に別れ、それぞれのテリトリーを築いている。その氏族とは!
ペア族(偏執病)、マンズ族(躁病)、ポリー族(多形成精神分裂病)、ヒーブ族(破瓜病)、デップ族(鬱病)、オブ・コム族(脅迫神経症)、スキッツ族(幻覚)である。
一般的には行政管理はペア族、軍事、生産業はマンズ族(モーレツ社員とか働き蜂というイメージ。日本の武士階級も躁病ではという分析も出てくる)、芸術文化はポリー族、宗教はヒーブ族という役回りで、スキッツ族、デップ、オブコムはよく分からない。それぞれの氏族の個性的な風体、行動、言動が面白い。またお互いが無関心か敵対してる関係なのだが全体としては一応まとまっている体制も興味深い。ただこれは時代なのか、鬱病組はのけ者扱いである。
彼らは20年間うまくやっていたのだが、地球側はこの衛星の再開発を画策し始める。その手始めとして女性心理カウンセラーを送り込む計画が立つのだが、それを皮切りに離婚された元夫のCIA職員、政界にコネのある喜劇役者、アルファ星人、粘菌さんなど複雑な思惑が絡み、再び戦争の暗雲がたちこみ始める。
こうなると心を病んだ人びとが平和に暮らしている衛星を強欲な権力者たちが蹂躙するというセンチメンタルな話になるかというと、そこはディック先生なので、後半話は斜め上の方向へシフトしていき、何がなにやらのカオス状態に。登場人物のセリフにも「この戦争は参加者多すぎる!」と嘆くものがある。まあそれでも結末は予想通り、収まるところに収まったのかな、とも思ったが。
当初の構想はもっと長いものだったのが途中で飽きたのか、編集から打ち切りに会ったのかで強引に短くまとめたのではないかとも邪推してみた。この小説でディックらしいのは「超能力は病気または畸形」という考え方で、超能力者を人格者としたり神格化したりしないことは好ましいことだと思う。