第49話『あついすな』における演出技法の考察(その1)


三浦海岸


『あついすな』は、SF系とほのぼの系が交互に載る『ヨコハマ買い出し紀行』においては、ほのぼの系に当る。
ここにこのエピソードの全セリフを挙げてみよう。


軽ワゴンで海岸へ着くまでを4ページかけて描く。
アルファ「はい!ここが“砂浜”!」
マッキ「は〜」 タカヒロ「ほんとに砂だけの海岸だ・・・」
アルファ「いいでしょー」「でもほら見て。あの棒ののとこからあっちは底なしになってるからー、あの洲よかこっち側中心に攻めるってことでねー」
タカヒロ「わかった・・・」
タカヒロ、マッキ、海へ突進する。
アルファ「二人ともー、水着は?」
タカヒロ「え?もってないよー、あんまし泳がないもん」
アルファ「あ、そうだよね」「・・・・」
タカヒロ、マッキ、服を着たままどわーと海へ飛び込む。
マッキ「ぬるいねえ」
タカヒロ「アールファー」
アルファ「待ってーすぐ行くー」
タカヒロ、マッキ、海で泳ぎまくる。アルファ服着たまま二人を監督。
冷たい潮が上がって来る。
タカヒロ「つめてー」
アルファ「潮 上げてきたね」「そろそろあがろうかー」
タカヒロ「・・・あっという間だ」 アルファ「うん」
マッキ「ここ、もっと近ければいいのにね」 タカヒロ「やっぱ、水着ほしいよなー」
アルファ「よし!次は全員水着だ!!」
アルファ、ビシっと拳をあげる。
タカヒロ「?」
三人、日焼けした腕を見せ合う。
タカヒロあーすげーやけたー」 マッキ「今日はおフロだめだー」
タカヒロ「アルファもやけたねえ」
アルファ「えへへ、私のは夜にはもどっちゃうけどね」
タカヒロ マッキ「へー!!」
軽ワゴンで帰る三人。タカヒロ、マッキは眠っている。
二人を見守るアルファ。

セリフはこれだけです。ほんとに他愛ない話でしょ?ところがお恥ずかしいことに、当時は「なんだ今回はほのぼの系か」と適当にボケっと読み流してしまい、このエピソードを10年くらいの間読み誤っていました。
この間、新装版でこれを読んでいて、ふと不思議に思いました。
「あれ?アルファさんは水着に着替えてるのに(『待ってーすぐ行くー』のセリフのところ)、なぜ泳がないんだろう?」
しばらく、ジーと絵を睨んだ後、「あっ」と気がついてしまいました。
アルファさんは水着に着替えていたのではなく、水着を脱いでいたのでした。
前半、「いいでしょー」と言っているコマでアルファさんはすでに水着を着込んでいて、服の襟から水着がのぞいている。その水着と言うのは第25話に出てくるものと同じで、首のところが学生服の詰襟みたいになっているちょっと変わった水着である。
後半では服の襟から水着は見えなくなっている。
砂浜というものを知らない子供たちを不憫に思ったアルファさんでしたが、さすがに水着をもっていない(水着着て泳ぐと言う概念すらなかったのかもしれない)ということまでは思い至らなかったのでした。子供が持ってないのに自分だけかっちょいい水着でオリンピック選手並みの泳ぎを披露するわけにはいかないので、アルファさんは二人が気付いていないうちに水着を脱いで初めから来ていなかったことにしたのです。で、服着たまま子供といっしょに泳ぐのも大人気ないので監督に回っているのです。
タカヒロが「やっぱ水着ほしい」と聞いて即座に反応したのは、ほんとは泳ぎたかったーという気持ちからである。その反応に彼が「?」と思ったのはやはり彼女の水着のことは気がつかなかったのでしょう。
というような裏のドラマがあったのですが、上に見るようにそのことをセリフ、独白などでは一切表現していません。それどころか、下手すると絵ですら表現していないのです。文章でも絵でも表現しない・・・それって要は手抜きではないのか・・・・?と思うかもしれません。



北の大崩れ 海面上を来た風がぶちあたっていく所です(第19話)