『ファイヤーフォックス』

5,6年前かWOWOWで録った。この映画はイーストウッドファンでも「これはちょっと・・・」と言うくらいヘンな映画で、公開当時褒めていたのは蓮実重彦先生くらいではなかっただろうか。ちなみに私は五反田名画座で見ました。
『アイガーサンクション』での失敗にも懲りず、同じような前半と後半でガラリと話が変わる二極分解構成であり、あろうことかさらに徹底している。前半はソ連に潜入したガントとソ連当局との知恵比べみたいな形で話は進むのだが、後半1時間30分くらい経ってファイヤーフォックス(以下FF)を入手すると、それまでのソ連側の敵役たちは消滅し突然何の伏線も前フリもなく書記長と将軍なる人物が出現しガントと対峙する。だから前半と後半ではまったく違う映画と言っても通用するくらいである。普通こんな構成の映画通用しないだろう。これは例によってイーストウッドの「実験映画」なのである。

『アイガーサンクション』で「高さ」の表現を追及したイーストウッドは、この映画では「速さ」の表現をとことん追及する。どうすればこの戦闘機は無茶苦茶速い、ということを体感させることができるだろうか。そのことだけがこの映画の意義である。
方策として戦闘機が登場するまで映像は暗く、進行が無茶苦茶トロい話にする。主人公ガントを命令でガチガチに縛り付ける。という方針がとられた。まあガマンにガマンを重ねるという日本映画にも通ずるアイデアだが、情緒的なものはなくあくまでテクニックの面に絞られる。FFに乗るシーンにしても、回りが敵だらけなのに悠々と歩いてなかなか機に近づかない(笑)。とにかく実際の時間以上に時間が長く感じられる。この徹底ぶりはなかなかすごいものがある。この「なかなか時間が進まない」という緊張とストレスはある音によって破られるのであるが、この観客の心を手玉に取る老獪ぶりは(無論手法は全然違うが)確かにヒッチコックに通ずるものがある。

後半では衝撃波や水柱の表現によって速さを強調しているが、やはり演出が冴えている。
特にFFが巡洋艦リガに遭遇するシーンは映画史に残るんじゃないかというくらいすごい。リガはヘリを2機飛ばそうとするのだが、1.FFはまずすでに飛んでいるヘリを撃破、2.離陸寸前のヘリを撃破、3.その後リガは熱感知ミサイル発射、4.FFがミサイルを振り切る、というところまで飛ぶFFの客観的描写が一切ないのである。12はヘリが爆発する客観描写で、34はFFの主観の描写となっている。しかも実際1から3はこの3カットしかなく、その間5秒くらいである。
平凡な監督だったらガントが発射ボタンを押すシーンやミサイルが発射されるシーンを挟んだり、リガの船内シーンとかを撮ったりしそうだが(その方が親切だからね)、イーストウッドはそれを省きFFの本体を見せないで描いた。無論そのようなカットを挟んだら速さの表現が殺がれるからである。

そういうことなのでこのシーンはパっと見ると何が起こったのかよく分からない(笑)。だからやはりダメな映画の烙印を押されかねない。しかしイーストウッド監督の実験精神には敬服せざるを得ない。