異星の客 (創元SF文庫)

異星の客 (創元SF文庫)

中学生のころ読もうとしてすぐ挫折した『異星の客』(1961年 ロバート・ハインライン著)を、最近読んだ。
なぜ挫折したかと言えば、長いからである。
読んで思ったのは、これは中学時代の俺では理解できなかっただろうということだった。いつもながらのハインライン調で、登場人物の造形は分かりやすく一見して平易な文章なのだが、内容はSFというよりは社会科学、人文科学小説というべきだろう。今、日本で読むとオウム真理教をいやでも連想させる。また、この小説は会話が主体で、それもとりとめもない話が延々と続く(この小説が長い原因)のだが、その会話から突然重要な内容に切り替わるので読み飛ばすことができないのだ。
火星人に育てられた若者バレンタイン・M・スミスは地球人にはない能力があった。まあテレキネシスとかテレポーテーションのたぐいもあるのだが、その根底をなす能力・・・それが「グロク」というものだった。グロクは一応「認識」と訳されているが、厳密には地球人の概念には存在しないものであり、もっと深いものである。
地球の文明は爛熟しており、警察の力は強く、拝金主義がまかり通り、経済は調子が良いみたいだが人心は荒廃しつつあるような世界だった。テネシー州議会では円周率を3にする法案が提出されたらしい。
地球の垢に塗れていない純真なスミスは、地球のあらゆるものをグロクしようとする。人びとの中に交わることにより「グロク」を理解する地球人(今のところアメリカ人だが)も現れ、賛同者が集まりそれは宗教団体を形作る。その教義は地球人の価値観を覆すものだった。彼の存在をめぐって、政治、宗教、経済、マスコミなど社会科学的な概念が揺らぎ、それらの本質があらわになっていく。
スミスに関わった人々(大統領からストリッパーまで)の人間模様も面白く、興味深い。大統領は妻に頭が上がらず、しかも彼女は占星術にはまっている(どこかで聞いた話だ)。TVを最大限利用しえげつない演出で集客するキリスト教系新興宗は政府を裏で操ろうとする。
中でもひょんなことからスミスの後見人となる準主役のジュバル・ハーショーは魅力的な老人である。医者、弁護士の資格を持ち、哲学者でもあり、売れっ子作家で美食家でもあるハーショーは豪邸に住み、3人の有能な美人秘書を常に従えている。映画化したら配役はアンソニー・ホプキンスが妥当だと思われる。普段は在宅勤務らしく、庭のプール脇で寝そべって3人の美人秘書がプールでキャッキャッ遊んでいるのをながめているのが趣味らしい。しかし事が起ってハーショーが「当番!」と叫ぶと当日当番の秘書がささっと元へやってきて仕事を始めるのだ。彼は有名人で政界にもコネがあるが、権力に媚びず、領分を侵すものとは断固戦う。まあ男の夢を体現している人だが、この人を見て思うのはあらゆる権力から自由であるにはカネがいる、ということだ。
また、この小説では「公証人」という職業が重要な役割をしている。現代で公証人と言うと、契約とか遺言の立会い人程度しか思いつかないが、未来世界では見たもの聞いたものすべてを完全に記憶できる超能力者ということになっている。このような公証人の発言が裁判などで絶大な効力を発揮するわけである。この能力は「グロク」を理解するうえで対照的な能力と位置づけられているのであろう。