『シッコ』と『ブルワース』

は面白恐ろしい映画だった。これまでの作品に比べて派手さはないが、むしろ映画としてはあんまり刺激的な映像がないのに、最後までぐいぐいと見せる。演出は円熟味を増しているというべきだろう。ただ音楽はうるさすぎた。
それにしても医者が保険業者の言いなりというのはおかしすぎるだろう。実証科学が政治に屈服しているということか。それって、唯物弁証法理論に合致しているからメンデルの法則よりルイセンコ学説のほうが正しいとしたスターリン時代のソ連と似たり寄ったりではないか。いや、そんな大層なものでもないな。利益を稼ぐためただそれでけの理由だ。
それにしてもムーアは本当に今時珍しい理想主義者なんだな。 『ロジャー&ミー』から今回まで、直接生命に関わることを題材にしてきた。彼は、「国家による理不尽な死」が本当に許せないのだ。おちゃらけた演出(今回もイギリスとフランスの取材で爆笑)の裏にある理不尽な死を思うと、そのギャップにゾっとする。かつて『博士の異常な愛情』を筆頭とするブラックユーモア精神は今やほとんど絶えてなくなったが、ムーアだけがそれを継承しているのかもしれない。

以前に紹介した(http://d.hatena.ne.jp/Joetip/20070512/p1)『ブルワース』をこの間、衛星で放送していたので改めて観ていたら、上院議員に扮するウォーレン・ベイティが、パーティ会場でこんなラップを歌っていた。昔見た時はうろ覚えだったのだが、ムーアの映画を先取りする内容だった(1998年の作品)。クリントン政権になって政策は共和党と全然変わらなくなり、国民保険も撤回する。映画自体は大した出来ではないが、ベイティら一般の民主党支持者も相当な不満を持っていたことが分かる。
映画ファンの見地からすると、レーガン、父ブッシュ政権のころはまだアメリカ映画は観るべきものが多くあった。本当にダメになったのはクリントン政権になってから、というのが実感である。あの『インディペンデンス デイ』(1996)から転落が始まる。大統領が自ら出陣して戦うなんて馬鹿な話は一見共和党的だが、実際やってみたら民主党政権下だった。

We got our friends from oil    
Don’t care that the wilderness spoils    
They say they’re careful         
We know it’s a lie            
They’ll let the planet die         
Let the planet die             
Exxon, Mobil, Saudis, and Kuwait    
The atmosphere can wait         
Arabs got the oil
We buy what they sell
Raise the price
We’ll blow them hell
Let me hear you say it
Saddam! Hussein!

(意訳)
さてわが友オイル(石油業界)さん
環境破壊など知らん振り
まだ大丈夫と言っているうちに
地球は破滅
エクソン、モービル、サウジ、クウエート
アラブが売り、俺たちが買うが、
値上げする気なら戦争だ
皆で言おうサダム・フセイン!と

Everybody gonna get sick someday
But nobody know how to pay
Health care, managed care
HMOs ain’t gonna work
No, not those
The thing is the same
In all of these
These motherfuckers,Insurance companies
Call it single-payer
Or Canadian way
Only socialized medicine
Will save the day
Let me hear that dirty word
Socialism! Socialism!

(意訳)
人間誰でも病気になる
しかし治療費の流れはどうなっている?
HMOは仕事をしない
健康も資金も管理できない
あのくそったれの保険業界のせいで
助かりたいのならカナダ方式
社会化された医療がいい
皆で言おう社会主義!と


こう歌われているのを見ると、『シッコ』で議員が国民皆保険を唱える奴は社会主義者だ!なんて訳のわからんこと言ってたけどホントにそう言いつづけてきたんだな。