なぜ今、『宇宙戦争』なのか。

Joetip2005-05-13

来るスピルバーグ版『宇宙戦争』のパンフにこんなタイトルの解説が載りそうなので、今のうちに貼っちゃいます。
ハヤカワから新訳『宇宙戦争』が出たので、買いました。新訳は「巨大戦闘マシーン」だの「高熱ビーム」だの「ホームレス」だの横文字が並んでいて、まるで最近書かれた小説みたいです。
正直言って昔読んだ『宇宙戦争』って、最初の方の円筒状のロケットから出てきた火星人とその直後のパニックの印象が強くて、後半の展開はあんまり覚えていなかったのだが、いや、とにかくこれはすごいです。是非多くの人に読んで欲しいです。30年前でも50年前でもなく、110年前にこんな文章を書いたというのは驚愕に値します。

さまざまな騒音が入り乱れ、耳をつんざいた。巨大戦闘マシーンが動き回る音・・・建物が崩れる音・・・木々や垣根が倒れる音・・・小屋が燃える音、炎がうなりはじける音。真っ黒な煙が立ち上り、川から吹き上がる水蒸気と混じりあった。高熱ビームがウェインブリッジの各所を襲い、白熱の閃光が走ると同時に煙と炎が踊る。(中略)
水蒸気の向こうでは、川の中にいた人々が葦を掻き分けて川岸へ這い上がった。まるで、人の足音に怯えて草のあいだを逃げるカエルのようだ。うろたえて、曳船道を逃げまどう人もいる。
突然、高熱ビームの白い閃光がわたしに向かって発射された。あっという間に家々を溶かして崩壊させ、噴き出した炎がゴーっと唸りながら木々を燃やす。曳船道を焼き払い、逃げまどう人々を舐めるようになぎ倒すと、わたしから4,50メートルと離れていない水際をかすめて川を超え、シェパートンへ向かった。高熱ビームが通った場所は川の水が沸騰して噴き上がり、水蒸気が立ち上った。・・・
早川書房 斉藤伯好訳)

1898年に発表された『宇宙戦争』では、高度に機械化された兵器が、軍隊どころか民間人をも巻き込んで無差別大量虐殺を行う様が、これでもかと書き込まれています。成すすべもなく焼き殺される人々、炎上する都市、大量の難民、その迫真の描写には思わず本を持った手がワナワナと震えるくらいです。
満員の上に車両の屋根にも大量の避難民を乗せて走る機関車。港ではあふれた難民が船から突き落とされる。他人を押しのけても助かりたいというむき出しのエゴも発生。まさに阿鼻叫喚地獄
その一方で、まだ火星人の被害が出てないところの人々は他人事のような無関心ぶり。ロンドンでは汽車が到着しないので「鉄道会社に抗議だ!」と怒る人もいる。
このように有事になった際の人間の混乱ぶりを見てきたかのように描いています。ウェルズがこの小説を描いた時、第一次世界大戦はおろか、日露戦争も始まっていませんでした。しかしながらこれらの描写はまさしくその後の20世紀の戦争を予言しているかのようです。この間、ベトナム戦争終結時に大量の難民が港に押し寄せる映像をTVで見ましたが、この小説の港での騒乱はまさしくそれでした。民間人を巻き込んだ市街戦、無差別爆撃については、この小説の数十年後から今日にいたるまで、もはや言うまでもありません。
これは別にウェルズが神がかっていたわけではなく、当時急速に発達していた科学技術を見て、これが戦争に無制限に使用されたらどんなことになるのか、冷静に推測した結果であると思う。無論、頭で考えるだけでなく、それを形にして発表したウェルズの才能、洞察力はとんでもないものであります。
後のほうで、ある兵士が「火星人に占領された地球でのサバイバル術」を主人公相手に吹きまくるシーンがあるのですが、これが緊迫した状況にもかかわらず爆笑もので、ハリウッドのアクション映画の安直な展開を100年前に予見して笑いものにしている感があります。
20世紀はウェルズが予見したとおり、大量殺戮の時代と成り果てたのですが、一体21世紀はどうなるのでしょう。同じことを続けるのでしょうか。そこに今回映画化される『宇宙戦争』の鍵があると思うのですが、スピルバーグ監督はちゃんとそこまで考えているのでしょうか。非常に関心を持っています。
また、映画史的に見ても、1978年、日本では『スター・ウォーズEP4』と『未知との遭遇』が同年に公開され、今また最終章『EP3』と『宇宙戦争』が同年公開される、まさに因縁の戦いと言えるでしょう。約30年の歳月を経て、田舎のあんちゃんが宇宙を救う明朗冒険活劇が、主人公が悪に染まる話となり、一方は友好的宇宙人説をかなぐり捨てる。この果てしない闇から一条の光が・・・あるのかねえ。

(写真は講談社の世界冒険小説全集から。初めて読んだ『宇宙戦争』。挿絵の三本足の戦闘マシーンは怖かった。)