『失踪日記』吾妻ひでお著

怖い話なんですけど、努めて面白く描いているので笑って読めます。俺も食後に天ぷら油キュっと一杯やりたくなった(やらないけど)。
どちらかというと後半のアル中日記の方が色んな人物が出てきて面白かったです。
あとがきでとりみき氏も言っているが、吾妻氏はアル中を経て絵がうまくなったと思う。
ギャク漫画は過酷な仕事である。面白いネタなんて自分でも一つや二つは出るかも知れないが、プロになったらそれを1週間ごとに永遠に出せって言うんだから、常人には無理。ギャクというのはそもそも麻薬みたいなもので、一つのギャグに笑ったら、同じものでは耐性が出来て笑えなくなる。で、次はもっと面白いもの、次はさらに面白いもの・・・ってエスカレートしていく。ギャグ漫画家を職業に選んだ時点で無限地獄に足を踏み入れたも同然だろう。壊れるマンガ家も多いのもうなづける。

もっとも、これだけ悲惨な目にあっても吾妻氏には全世界にファンがいて心配もしてくれているのだから、幸福な人生なのではとも思う。誰にも顧みられず、ひっそり死んでいく人の方が圧倒的に多いのだから。


学生時代、SFマガジンの『不条理日記』を読んでいて、今でも印象に残っているエピソードがある。
主人公が本屋をのぞくと、SF本が堂々と平積みになっている。狂喜して大量に抱えてレジに並ぶと、地下の別室へ案内される。そこには目の座った坊主頭の男が焼印(むろん『SF』と彫ってある)をもって「脱いで」と言う。「甘かった。己の甘さを思い知らされた」と泣きながら背中に印を押される主人公。SFや特撮が好きな人間はこのように見られていたのか・・・『幼年期の終わり』を読んだり『ガス人間第一号』を観るのは良識ある市民の嗜みではなかったのか・・・心底打ちのめされた覚えがある。