「殺人の追憶」(DVD)を観る。

これはすごい!傑作でしょう。俳優の熱演、ストーリーは熱いが冷徹な人間観察、的確な画面構成・・・しかしなにより驚いたのは、これがコメディだったということだ。実際に起こった連続猟奇殺人事件だというので、身構えてみていたのに・・・。しかもこのギャグが結構冴えている。冒頭の田んぼでの現場検証のシーンで、この監督はおかしいのでは?と感じたが、ソン・ガンホ刑事がソウルから来たキム・サンギョン刑事に飛びけりをくらわすところで、この監督は絶対おかしい、と確信してしまった。一方で事件の実態は重厚で気分が悪くなるほど描かれているので、そのギャップには相当とまどう。その観客のとまどいが監督の狙いだろうか?
こういう描き方は、日本でも今村昌平監督が昔は得意だった。「豚と軍艦」「赤い殺意」「復讐するは我にあり」など、どん底の人間の生態をコミカルに描いて「重喜劇」と呼ばれた。今村監督がこのような映画を撮っていた60〜70年代、日本では高度経済成長、安保闘争、オリンピック、家父長的農村共同体の解体、など戦後の価値転換がすさまじい勢いで進んでいた。「殺人の追憶」を観ると、良く似た背景があることが分かる。姿なき犯人の手のひらで踊っているかのような人々、彼は時代そのものに翻弄されていたのか?映画の中の刑事とともに徒労感が残る。

しかし実際の事件をこんな風に描くというのはやはり現代韓国映画の勢いがなせる技か。当事者だって存命だろう。モデルになった刑事に、「俺は『あそこの毛がない奴が犯人だ!』なんて言わなかったぞ!」とか抗議されなかったのだろうか。